2012年11月19日

ピンクのポンポン★37

王子様より大切な存在が現れました

 こんな落ち着かない気持ちでコンサートに参加するのは初めてだった。
 「犬を飼うよ!」と、父が言い出したのは、今年のお正月のことだった。三年前に兄か結婚し、去年の秋に姉が結婚した。私が居ないと、間が持たないので、父が出かけない週末は家に居て欲しいと、二月に母に言われた時、父が犬を飼う!と言い出したことに納得した。犬が来れば、変わるんじゃない?と言った私の何気ない一言が、一度もペットを飼ったことのない母に“怒りの炎”を点火させてしまった様だった。
 幾つの娘を相手につまんない喧嘩を売っているのだろう?と思った私は、新婚の姉の所ではなく、兄の家へ一週間家出した。義姉へは、母も強く言えないだろうし、姉の所とは違い、押しかけることもできないと踏んだからだった。代わりに、兄の携帯が昼間に何度も鳴るようになったので、兄が母からの電話もメールも着信拒否に設定した程だった。
 兄曰く、父は私が結婚するための準備として、犬を飼うんじゃないかな?とのことだった。まだ予定がないのに…と言うと、
 「予め準備しておきたいんじゃない? 犬と一緒なら散歩もドライブも一人で出かけられるし」と、納得できる意見を述べた。
 私の家出で、余計にどうしようもなくなったのか、私が家へ戻っても、母は何も責めなかった。ただ、兄はまだ着信拒否を解除しなかったようで、私が自宅に戻って三日目の夜、まだ兄の携帯に電話もメールも繋がらないという母の言葉を聞いた時、さすが、兄妹の中で一番、母親との付き合いが長いだけのことがあるなと納得した。
 自分の都合が悪くなると、矛先を変えるのが母の性格で、父はいつもそれを上手に躱していた。例えば、ご近所付き合いの愚痴が始まると、父は暫く話を聞いた後、そう言えば、換気扇が汚れていたなと台所へ行き、夕飯の準備までするタイプだった。でも父は面倒なことも避けて通っていたので、町内会の掃除や行事、役員の仕事はいつも母がこなしていた。
 父に、私の家出によるストレスの矛先が向けられなかったのか?を訊いたら、夕飯を外で食べようと誘っても断られたので、三日程、サウナに泊まり、四日目は姉のところに泊めて貰い、帰ってきたとのことだった。
 基本、家族仲は悪くはないと思う。子供三人が社会人になってからも、家族で、お花見や紅葉狩り、BBQ、郊外のショッピングモール等に出かけていたので。
 ただ、兄も姉も結婚して家を出たことで、母が心のバランスを崩しただけだろうと私は思った。そして、お父さんっ子で育った姉は、ドライな面もあったので、母親としては頼り難い子供なのかもしれなかった。

 そして四月、父が仕事から帰ると着替える前に居間へ入り、立ったまま宣言した。
 「ウチに迎える犬が生まれたぞ!」
 言い終わった後、父は小さくガッツポーズを決めたほどの喜びようだった。しかし、瞬時に母の“怒りの炎”を点火させてしまった様だった。
 「まだ赤ちゃんの孫が居るんですよ! それに、今後、孫の数が増えることはあっても減ることはないんです。喘息でも出たらどうするんですか!」
 しかし、犬が生まれただけで有頂天なっている父は、母の前に座り、母の両手を握って言った。
 「飼ったことがないから分からないだろうけど、犬は可愛いぞ。呼べば、来るんだから。結婚して家を出ることもないし、最高じゃないか。君も暮らし始めたら分かるよ」
 母は父の手を振り払い、立ち上がって言った。
 「キャンセルして下さい!」
 そして居間を出て行った。でも、それでも有頂天状態の父に訊いた。
 「何を飼うの?」
 「シェパードが良かったんだけど、ドーベルマンにした。その方が家の中で飼いやすいみたいだし」
 「……」
 「でも、三ヶ月は母親と一緒に暮らして躾けて貰った方が良いみたいだから、来るのは7月だな。今度の日曜、観に行くけど、お前も行くか?」と言われたので、頷くと、父は私の両手を握って言った。
 「楽しみだな! カメラも買ってこないと……」と言い、立ち上がった。私は急に気になったことがあったので訊いてみた。
 「お父さん、その子、いくらだったの?」
 父は、母に内緒ということで金額を教えてくれた。拍子抜けする様な金額だった。何でも、両親、祖父母の六頭全てがチャンピオンで、男三頭はアジアチャンピオンだったが、子供が生まれないと次のチャンピオンは生まれないが、我が家に迎える子犬はショーには出さないとのことだった。

 そして七月中旬、トイレトレーニングまで完了した状態の子犬が我が家に来た。父と私で迎えに行き、兄一家や姉夫婦も揃ってのお出迎えだった。最初、犬は緊張して、父の膝から降りようとしなかったけれど、皆にほんの少しだけ撫でられることで緊張も序々に解けたようだった。予防接種が終わってから迎えているので、夕方は母以外の一族総出の散歩となった。
 勿論、あれほどに犬を飼うことに反対していた母も三日も家で一緒に留守番していると、私よりも犬の方が可愛くなったようで、初日に犬を心配した父が居間で寝たことに呆れていたのに、自分のベッドへ引っ張り込むようになった。

 でも、私も生まれて初めて飼った犬のことが、可愛くてたまらず、正直、今回のコンサートのチケットだけは、
 「申し込まなければ良かった!」と後悔した程、今は仕事が終わると、急いで帰宅している。寄り道しても、ペット用品を扱う専門店で犬のおもちゃを買う程度だった。
 一人で留守番をさせている訳でもないのに、色々と気になるし、早く会いたい!と思う。おまに、今年は神宮の花火を母との二人分を申し込んでしまった。そちらの方も、どうして申し込んでしまったのでろう?と後悔しつつ、鞄からピンクのポンポンを出した。
 会場に着いてから、家に電話を掛けた時、母が言った。
 「あら、今から私とお散歩に出かけるのよ。心配せずにゆっくりしてらっしゃい。後で写真を送ってあげるから、それでも眺めながら早く帰ってらっしゃいな」
 当然、私は母のその言葉に苛々させられた。寝る前の散歩までには帰らなきゃ!と強く決心し、ピンクのポンポンを強く握りしめた。

mokkon at 22:00│Comments(0) 妄想小説 

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