2012年11月23日

ピンクのポンポン★38  4/4

※今回はじっくり読んで頂きたいために、わざと区切って更新します。ラストはハッピーエンドですが、これはまだ完治前の段階のお話です。同じ病気を発病しても、もっと早く快復する人もいれば、もっともっと快復に時間がかかる人もいれば、私みたく一生付き合う覚悟を決めてからマシになる人間もいてと、バラバラかと。勿論、余計に悪くなってしまう人達もいらっしゃると思うので、“思い込み”は持たずに、フィクションと認識頂いた上でお読み下さい。
モデルは存在しません、念のため

 何だろう?と思っていたら、父が話し始めた。父は母から、私が少しだけでもテレビを見られる様になったというメールを受け取った時、とても嬉しかったらしい。でも、それを口に出すことが私の負担になるのではないか?と思い、嬉しい気持ちを口に出すことを我慢したとのことだった。でも、食事中、私の家族に対して抱いている罪悪感が、自分が想像していたよりも、遥かに大きいことに気付いた。今までは励ますことや自分の気持ちを表に出すことは控えていたけれど、今夜は少しだけ、自分の気持ちを表現したくなって、ケーキを買いに出かけたとのことだった。
 そして、母は父が何も言わずに出かけて、ケーキを買ってきたことを補足した。
 「ちょっとしたことでも、嬉しい。生き続けてくれてありがとう。さて、台所、手伝ってくるよ」
 父が立ち上がり、台所へと行こうとした時、急に外から男性の大きな話声が聞こえてきた。瞬時に私は両耳を塞ぎ、両親が私に寄り添ってくれた。台所に居た弟にも外の声が聞こえて様で、目を開いた時には、弟も私の傍に居た。私が落ち着くと、ご近所にお客さんが来ただけだったと母が教えてくれた。
 その後、やっとお茶の時間になった。途中、無理をして笑顔を作ってみると、3人が顔を見合わせながらも、既に笑顔になっていた。その時に私は、ずっと以前、学生時代に観て貰った占い師の言葉を、何故か急に思い出した。
 「貴女の笑顔を見ることが幸せという人も居るのよ。そんな人と結婚しなさい」という言葉だった。
結婚相手ではないけれど、自分が笑顔になっただけで、喜んでくれる両親と弟が居ることがとても幸せに感じられた。そして、私は少しずつ少しずつ、外界との接触を始めた。勿論、私からの一方的な接触であり、ちゃんと反応があるのは、今も病院と、民間のカウンセラーの先生、そして会合の時だけだった。自宅に誰かが来ることは、まだ受け入れられないでいた。私にとって『見ること』と『見られること』の違いは大きかったからだった。ただ、ドライブスルーでのお買い物は出来る様になっいた。

 頑張って出てきた。毎日が不安で、明日が恐怖。そんな日々が三年も続いていた。駅のホームで事件に遭遇して以来、今も電車には乗れない。今日はボランティアの人達に車で送迎して貰った。そして家族に付き添って貰い、事件後、初めてのコンサートの参加だった。席が選べないので、横一列に並ぶことになるのは仕方なかった。でも、両脇に家族が居てくれることが心強い。弟が先に入場し席を確認してから、開演ギリギリに入場した両親と私を迎えに来てくれた。周囲から見ると、単なる仲良し家族にしか見ないだろうなぁと思いつつ、私は俯いて前を歩く弟の靴を見ながら前へ進んだ。
 今日、事件後、初めて自宅の玄関扉を自分の手で開いた。思いついたので、家族にも告げ、家族に見守られた中で、扉を開いた。夏の眩しい光が顔に当たった。
 入口から客席へ向かう途中、何度か他人とぶつかりそうになったが、その度に家族が私を護ってくれた。他の人にとっては何でもない鞄のぶつかりでさえ、今の私にはまだ刺激が大きかった。勿論、以前の私も、外で自分の鞄や身体の一部がぶつからない様に気をつけるのは、お年寄りや子供、具合の悪そうな人に対してのみだった。でも、今、私の家族は、どんなに些細なことであっても、無意識に誰かを傷つけることをしていないか?と、気をつけるようになっている。なので、強引に私のためだけに道を作ろうとはしていない。ゆっくり、誰かの邪魔にならないように席へ向かった。
 何とか席に着くと、母が四人分のポンポンを鞄から出して、皆に渡してくれた。弟が今日の予習のために新しく買ってくたDVDを見ていたら、ピンクのポンポンの映像が出てきたので、また弟に頼んで調べて貰ったら、春の舞台公演でも使っていたので、持って行った方が良さそうとのことだった。父がビニール紐を買ってきてくれたので、母と私で作った。弟が買っておいてくれたペンライトを私に渡してくれた。通路から少し入った所の席だったので、通路に近い所から弟、母、私、父の順で並んだ。いざという時、すぐに席を立てるようにと、先週末の作戦会議で決めたことでもあった。弟が、
 「いさとなったら座って、ポンポンで顔を隠して音だけ聞いていれば? それでも無理そうなら帰ろう」と、私の前に拳を突き出してくれたので、弟の拳に私も自分の拳をぶつけた。きっと最後の最後までは無理だろうということは分かっていたけれど、こうやって会場へ来れただけでも、自分を褒めてあげたい出来事でもあった。
 客電が落ちてから、両親がほぼ同時に私の肘を掴んでくれた。それだけでも、私にはとても嬉しくて、心強く感じた。少しでもちゃんとコンサートを楽しみたい!という言葉が、私の心に浮かんだ。

mokkon at 22:00│Comments(0) 妄想小説 

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